1978年、文化服装学院在学中
フランスParisクリニアンクールの蚤の市で、アンティーク色で包まれた片隅に、マゼンタ色でひっそりと咲く、絹布特有のテレンとした質感の古びた造花細工を見つけました。
そして、まさしく写真集で見たマレーネ・デートリッヒのドレス装飾と同じ優美な羽根、シルクのような光沢、ベルベットのような手触りで、初めて知った「極楽鳥」という羽根細工を見つけました。
今ではこのような希少な羽根の装飾は、もう作られません。
ともに1930年代のドレスに飾ったものだといいます。
印象深くて、あれから造花細工の作り手として現在に至っています。
当時は、生花の種類が少なく調達も困難な時代でした。
生花に似せて白生地を染めて作るという技法、アートフラワー(造花)が必然的に進出してきました。
この手作り造花(布花・染め花)教室が流行り、創作する諸先生方がもてはやされ、写真集から作り方などの本が数多く出版され、デパートなどで開かれる展示会や即売会は大盛況、販売される造花は高級品でした。
そして、セレモニーシーンに着用されるフォーマルドレスが普及したころです。
お祝いセレモニーでの装いは、お花を飾るのが礼儀とされた洋装からつながり、コサージュ(胸飾り)を合わせることで完成形とされました。
結婚式のゲストコサージュと卒業式・入学式にお母さまが合わせるコサージュは、日本特有のファッションスタイルとなり、全国に定着していきコサージュとパールネックレスが必須アイテムとなりました。
1980年代~1990年代は、コサージュの需要が加速し始めたころです。
このころは、フリル・リボン・レースや花柄を多用した、フェミニンで大人かわいいアパレルブランドが多くあり、アンティーク色調のコサージュを合わせるコーディネートをしていました。
手染めで一点一点くすんだ色味の染色に格闘したものです。
ヤングフォーマルの装飾にも重点を置き、トーク帽(つばのない筒型の帽子)がコサージュよりも売れまくり、生産が追いつかないという時期もありました。
また、生花に代わる造花でのウェディングブーケの需要も多くあり、ウェディングドレスを飾るフラワーモチーフも、一つひとつオーダーメイド制作していました。
業務は連日終電まで、打ち合わせは夜があたりまえという時代で、楽しくて記憶に残る私たちのスタートはここからでした。
CHANEL「ツイード素材のカメリア」が傑作です。
異素材・色を組み合わせて織られた華やかなシャネルツイードは、芸術的で見入ってしまいます。
シャネルの象徴といわれるカメリアとは、椿の花をデフォルメ・簡素化されたフラットな曲形のフラワーモチーフです。
フランスのルマリエという工房の、造花細工職人の手から生み出され、シャネルを再興(1983-2019)させたKarl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)が、この形状とネーミングを不動にしました。
フォーマルな場からカジュアルなスタイルまでこの形状は好まれ、多様なファッションに取り入れられています。
スコットランド発祥のツイード素材に脚光を当て、自立した女性のために向けて完成したのが「シャネルスーツ」です。
「ツイード・オン・ツイードカメリア」という、共生地ツイード素材のカメリア・ブローチを、ツイードジャケットの胸元に重ねるシャネルスタイルです。
この花モチーフがスーツに女性らしさを与え、素材の一体感が立体的なエレガンスという印象を与えます。
有名デザイナーズブランドから、スーツと一対とする共生地のコサージュ(胸飾り)を、毎シーズンたくさん作らせていただきました。
2000年代は、百貨店アクセサリー売り場で、単品としてのコサージュが重要な位置を占めており、ファッション誌に取り上げられ、高級品で売れるという時代でした。
カラーフォーマルのブランドも勢いがありました。
このころに、布地の裁断面「ほつれ」が気になり、オーガンジーなどの薄手の素材に、ほつれない「ねじり加工」(切り口をねじる)を弊社が考案しました。
当初は、それまでに無かった形状なので、なかなか受け入れてもらえませんでした。
時代は、PL法(製造物責任法)が施行されて、徐々にデザインに浸透していき、現在では多くの商品がこの加工をしています。
唯一のフォーマルコサージュが縮小してもなお、ロングセラーとなっているのは、この「ねじり加工」の技法といっても過言ではないと思います。
もうひとつ気になるのは、染色は後染め加工なので、摩擦とか雨などで濡れると色落ちして服を汚すことがあります。
しかし、コサージュならではの、ぼかし染めは魅力的です。
留め具(ピン針)も、服地を傷つけてしまうので配慮しなければいけない。
この45年間で、コサージュに携わった(ブライダル・デザイナー・アクセサリー・アパレル)ブランド数は、60以上に上ります。
弊社の最盛期には、年間に5~6万個のコサージュを、ハンドメイド生産で納品していました。
フォーマルブランドが激減してしまい、上質なフォーマルウエアメーカーは、現在5社に満たないです。
消え去った懐かしいブランド名を見ると、それぞれにニュアンスが違い、毎シーズン企画制作して忙しかった当時を思い出します。
憧れたパリには、珍しい羽根(フェザー)・帽子資材(シルクベール)・造花資材(ペップ)等の店があり、わくわくして買い求めに行きました。
今ではすっかりなくなりました。
装いに、華やかさをプラスするファッションアイテムが多様化して、コサージュは少数派になってしまいました。
昨日までいいね!と言われたのに、明日には古い、飽きた、要らないと言われるのがファッション業界の特質です。
従来のコサージュコーデは、古くさい、ダサいと言われている。
造花的な形状のレトロ感、ギラギラした光沢感や安価な化学繊維、また造花用の紙質的な素材が、いまのファッション性を低く見せてしまいます。
布地特性の質感が特徴であるコサージュは、合金ブローチの素材とは対照的なアクセサリーとして現代的に再解釈され、華やかさと上品さをプラスする重要なアクセント(ファッション性)になります。
新商品の変化を繰り返す毎シーズン、需要があってこその原動力になります。
私たちの仕事は、「セレモニーの装いに品格向上」と、それぞれの「そのブランドらしさ」をコサージュ制作で応えます。
「トーン・オン・トーン」を持たせたコサージュらしいコーディネートが、セレモニーの装いでの最上級だと思います。
着映えする、上質でフレッシュなフラワーモチーフを、ドレスに、スーツに、ヘアスタイルに咲かせたいものです。
日本独自のセレモニーの場でのコサージュ装飾は、華やかで特別な日(ハレの日)という印象があり、存続してほしいマストアイテムです。
ココ・シャネル(87歳没1971年)
1910年創業(116年前)20世紀の女性の装いを根本から変えたファッションデザイナー。
当時、席巻していたクリスチャン・ディオールが発表した革命的「ニュールックスタイル」に強く反発し、1954年に71歳で正反対の独自のスタイル「シャネルスーツ」を発表し、復帰コレクションを成功させました。
その後、アメリカから高評価され、革命的「シャネルスーツ」がブランドの象徴的な地位を確固たるものにしました。そして現代につづく「自立した女性像」を具現化した、フッションブランドにおけるアイコン的なアイテムを多く築きました。(カメリアがその一つ)
カール・ラガーフェルド(85歳没2019年)
「シャネル」を再興(1983-2019)させ、世界的トップブランドの地位を不動のものにしたファッションデザイナー。
フリーランスとしてデザイン職に携わるやり方で、シグネチャーブランド「シャネル」「フェンディ」「クロエ」を革新的なデザインで複数ブランドの再興を果たしてきた。
既存のアイコンアイテムを現代の視点で再解釈し、カールならではのセンスで現代の女性が熱望する、「新たなアイコンアイテム」へと確立することに偉大な貢献を残しました。
両者、最高峰のファッションデザイナーであり不動の地位を築きながらも、亡くなる数日前まで天職に全力を注いだ生きる力には、リスペクトの一言です。
2026年春夏CHANELパリ・コレクションで、シャネルの新アーティスティック・ディレクター/Matthieu Blazy(マチュー・ブレイジー/41歳)、デビュー。
「カメリア・モチーフ・ブローチ」という名称でのCorsage(フラワー)が、フレッシュになって提案されています。
唯一無二のシャネルツイードのカメリアもどれも洗練されていて、さすがにハイブランドのクオリティーと価格で威風堂々です。
世界のトレンドを左右する圧倒的な影響力を持つパリコレで、新しいフラワーモチーフの装飾を見ているとうれしくて、モチベーションが上がります。
2026年1月 長谷川和也